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Postia pappi Jaakobille

EOS 5D + TAMRON 28-75mm F/2.8

「ヤコブへの手紙」

孤独で、周囲を寄せ付けない雰囲気を持つ主人公のレイラ。無愛想なレイラをヤコブはただひたすらに温かく迎え入れる。まるで、「隣人を自分のように愛しな さい」という聖書の言葉を実行するかのように。しかし、ヤコブを受け入れようとせず、手紙を読むという毎日の仕事にも嫌気がさすレイラは、毎日ヤコブ牧師 への手紙を届けにくる郵便配達人とも反目してしまう。そんなレイラだったが、ヤコブ牧師との交流によって、心が少しずつ変化していく。そして明かされる一 つの真実が、レイラの心に希望の光を灯す―。


深い絶望の淵に立った時、あなたのことを思っている存在がどこかにいたら?「あなたの幸運を祈っている。私は、あなたのために祈る」その一言が、孤独と絶 望を癒し希望へと導く。ありのままの自分を赦してくれる存在に気付いた時、きっとあなたも誰かを愛せるはず。胸を打ち、あふれる涙に心洗われる物語。

ネタばれな上に支離滅裂。↓













という訳で見てきました。ネタばれしつつ感想をば。
(全てのあらすじを網羅してないので、分かりにくいとは思いますが)

牧師さんの出てくる話なのでもっと宗教を絡めたお話しで、クリスチャンでないと分かりにくい部分(表現)があったりするのかしら?と思ったのですが、そこは本当にひとつの要素でしかなくもっと単純で純粋な「人との繋がり」のお話でした。

他人の目や評価を気にせず、自分らしく生きればいいじゃないか!

とポジティブなアドバイスが主流の世の中。
もちろんそれも正解だし、人と比べて生きていたらしんどいことこの上ない。けれど。だからと言って人に必要とされないくらいの自立っていうのも、なんか違う気がした。この映画は人に頼りまくって生きている、普通の人たちの想いが沢山出てくる。弱い自分をさらけ出し、どうか助けて下さいと、ヤコブ牧師に、神様にすがっている。
そしてヤコブ牧師はそんな人々に愛ある言葉を返し、祈りを捧げている。人々を神の前に導く、それが自分のすべきことだと信じて。でも、ある日を境に手紙が届かなくなり、牧師は自分に対しての存在について揺らぎ始める。

老い、目も見えず、ただ祈ることしかできない自分の存在について。

人の為に祈ることが、「人の為」だと思っていたのに「自分の存在の為」でもあったことに気づき、そして祈ることを必要とされなくなったときの絶望感。
神は自分を救ってはくれない。必要としてはくれない。
今までの自分はなんだったのだろうという、善意の人の絶望感はとてつもなく大きいもので。


そんな絶望の底にある牧師を切り捨て、金を奪い(でも半分は残して)、そこを離れようと車を呼ぶものの「どちらへ…?」と運転手に尋ねられても行き先を告げることができない、「どこへも行けない自分」にまたレイラも絶望をする。自ら人との関わりを自ら断った筈なのに、人との繋がりがないことを残酷なまでに付きつけられた時の絶望感たるや。
同じ孤独ならばと自らの命を断とうとしたが死に切れず、そんなレイラに自分も絶望の中に居るのに「まだ居てくれたのですね、ありがとう」と言う牧師に、少しずつ素直になり始めるレイラ。




生きる意味を失い、寝てばかりの牧師。そんな彼の為に届かない手紙の代わりに、目が見えない牧師の前で雑誌を破り手紙を開けるふりをして「偽の手紙」を読み上げるレイラ。思いつきの内容の為、本当の手紙ではないと気付いたのか、もはや人々の些細な救いの手紙に想いを持てなくなったのか聞き終わると席を立とうとする牧師。
そんな牧師に「もう一通あります」と、無い手紙を読み上げるレイラ。

それはここまで頑なになってしまった、レイラの話。
愛している姉を救うために、姉の、暴力をふるう旦那を殺してしまった話。姉はそんな夫でも愛していたであろうに、その愛する人を殺してしまった…私に救いはあるのでしょうか?と涙を流す。それでも愛されたいと涙を流す。

牧師は微笑み、手紙を送る人は一度きりの人もいるし、長く送ってくる人もいると言ったでしょう?と言い、あなたに見せたいものがあると部屋から手紙を持ってくる。
それは、レイラの姉から牧師への手紙。
妹を愛し心配する手紙。
あなたは恩赦を願ったのは私だと思っていたようだけど、違うのですよ、と。
牧師は「あなたは座っていなさい、紅茶を入れてこよう。もちろんコーヒーもね!」と言い、牧師館へ戻る。レイラは姉から今も愛されていることを知り、一人では無いことに涙を流す。しばらく時間が経ち、牧師が戻ってこないのでレイラが牧師館へ戻ると牧師は中で亡くなっていた。



悲しい結末だけど、きっと牧師は絶望から逃れ安堵の気持ちで逝ったのでしょう。
最後には自分も救われ、レイラも救われた。
どんなに見返りを求めず人を愛すると言っても、やはり他者との繋がりがなくなれば人は脆くなる。それが手紙での繋がりだとしても、誰かと繋がり合う事が人をここまで強くすることができる。

直接的に何かをすることがなくても、ただそこに存在し繋がり合う事がどんなに大事であることか。そしてそこに想いがあればどんなに心強いことであるか。

私には何もできないけど、でもあなたのそばにちゃんと居るよ!と伝えたい。
沢山伝えたい。
もう、二度と大事な人を失いたくないから。
そして私のそばにも、そんな人は居るんだろうか…?(ちょっと不安←)
人は「人との関わり」を失うと、生きていけない生き物なのだと思う。気持ちで想うだけでなく、ちゃんと伝えなくちゃ。













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